Introduction

解 説

“忘れ去られたヌーヴェルヴァーグの名匠”ギィ・ジル。
60年代のフランスから届いた、あまりにも美しい恋と別れ────。
消えゆく青春と儚い愛を、静謐で詩的な映像に刻み込んだ2作品が、待望の日本公開を迎える。

ヌーヴェルヴァーグの陰でひっそりと花開いた、最も繊細なロマンティシズム。 
ギィ・ジルが描くのは、美しい風景と若者たちの恋、そして切なくも抗えぬ別離の物語である。
夏の海辺、パリの街角、港町の空気に漂うのは、青春の輝きと失われゆく愛の痛み。
その映像は、時代の喧騒を越えてなお、普遍的な詩のように私たちに語りかける。  

長編デビュー作『海辺の恋』と、そして第2作『オー・パン・クペ』。 
アルジェリア戦争後の時代を背景に、モノクロとカラーの交錯、写真やナレーション、音楽や長回しが溶け合い、愛と喪失の記憶を刻み込む傑作である。
遠距離恋愛の残酷さ、流れるように過ぎ去る愛、人生から静かにこぼれ落ちていくものたち───
その映像は儚さと甘美さを宿し、消えゆくものの美しさを珠玉の断章のように織り上げていく。

公開から60年。忘却の時を経て、いま、ギィ・ジルの詩的な映像世界が新たな光を浴びる。
その最も美しい初期作2作品をぜひご堪能ください。

『海辺の恋』

夏は二人を結びつけ、秋は二人を隔てる ──── 

夏の海辺で愛を確かめ合うジュヌヴィエーヴと水兵ダニエル。
しかしヴァカンスが終われば、彼は港町ブレストへ、彼女はパリへと戻らなければならない。
夏の陽射しを浴びたカラフルな想い出が離れがたく、二人は再会を願って手紙を綴り続ける。
そこに、アルジェリア戦争から帰還したもう一人の水兵ギィが加わり、三人の想いは静かに交錯していく。

夢と現実のあわいを漂うダニエル(ダニエル・ムースマン)、
無邪気で愛らしいジュヌヴィエーヴ(ジュヌヴィエーヴ・テニエ)。
そして監督自身が、友人「ギィ」として登場する。
彼自身の記憶が物語に溶け込むことで、恋愛映画は単なる叙情を超え、
記憶と経験が多声的に響き合うポリフォニーとなる。

他にもジャン=ピエール・レオ、ジャン=クロード・ブリアリ、アラン・ドロンからジュリエット・グレコら、
時代を象徴する俳優たちが、静かに物語を彩っている。

監督・脚本:ギィ・ジル 撮影:ジャン=マルク・リペール 音音楽:ジャン=ピエール・ストーラ 録音:ジャン=ジャック・カンピニョン 編集:ナウン・セラ 出演:ダニエル・ムースマン、ジュヌヴィエーヴ・テニエ、ギィ・ジル、ジュリエット・グレコ、アラン・ドロン、ジャン=クロード・ブリアリ、ジャン=ピエール・レオ 原題:L’Amour à la mer 日本語字幕:上條葉月 提供:クレプスキュール フィルム、シネマ サクセション 配給:クレプスキュール フィルム
[ 1964/フランス/フランス語/モノクロ・カラー/73分/DCP ] © 1965 Films Galilée
ロカルノ国際映画祭批評家賞受賞作品

『オー・パン・クペ 』

時が止まったカフェに、愛の残響だけが揺れる ────

亡き恋人ジャンを思い返しながら、今も彼の記憶と共に生きるジャンヌ。
社会の秩序やブルジョワ的世界を拒み、ビート族の世界にも居場所を見出せず、やがて死を選んだジャン。
彼の死を知らぬジャンヌには、いつまでも彼が寄り添い、亡霊のように存在し続ける。

ジャンヌ(マーシャ・メリル)の凛とした美しさ。
ジャン(パトリック・ジョアネ)の純粋無垢な危うさ。
印象的なタイトルは、二人の思い出が詰まった待ち合わせのカフェの名に由来する。

現在をモノクロと追想の断片をカラーで紡ぐ映像に包まれたこの作品は、
愛の記憶と不在の痛みをめぐる、繊細でメランコリックな詩編のように私たちの心を震わせる。

監督・脚本:ギィ・ジル 撮影:ジャン=マルク・リペール、ウィリー・クラント  音楽:ジャン=ピエール・ストーラ 録音:ミシェル・ファノ 編集:ジャン=ピエール・デフォッセ 出演: マーシャ・メリル、パトリック・ジョアネ、バーナード・ヴァーリー、フレデリック・ディティス、リリ・ボンタン 原題:Au pan coupé  日本語字幕:坂本安美 提供:クレプスキュール フィルム、シネマ サクセション 配給:クレプスキュール フィルム
[ 1967/フランス/フランス語/モノクロ・カラー/68分/DCP ] © 1968 Machafilm

Synopsis

物 語
『海辺の恋』

夏の気配が満ち始める7月のパリ。
ジュヌヴィエーヴは鏡の前で髪をとかし、ラジオから流れる恋の歌に耳を澄ませていた。思い浮かぶのは、去年の夏ドーヴィルで出会い恋に落ちたダニエル。アルジェリアで任務に就く水兵の彼が、二週間の休暇でパリへ戻ってくる──その知らせだけで胸が熱くなる。

空港で再会したふたりは、街へ戻り、セーヌ川沿いを歩き、そのままアパートで一夜を過ごす。だがジュヌヴィエーヴが将来の話を向けると、ダニエルは言葉を濁す。心は近いはずなのに、どこか触れられない距離があった。
休暇が終わり、彼は新たな赴任地ブレストへ向かう。最初の手紙はすぐに届いたが、8月、9月、10月と季節が進むにつれ、その数は少しずつ減っていった…。

『オー・パン・クペ 』

パリの片隅にある小さなカフェ「オー・パン・クペ」。
常連客の噂話が静かに流れる午後、ジャンヌは一人、恋人ジャンを待っている。

彼はいつも遅れてやって来るが、今日はなぜか胸騒ぎがした。ジャンは幼い頃から家出を繰り返し、施設を転々としながら育った。安らげる “居場所”を知らず、怒りと優しさが同じ体の中で衝突し続けていた。誰かに深く愛されるほど、むしろ逃げ出したくなる衝動に駆られる──それでも、ジャンヌだけは本気で愛していた。幸福に触れた瞬間、その幸福を自分の手で壊してしまうのではないかと怯えながら…。

Liste Technique

スタッフ

監督:ギィ・ジル Guy Gilles

1938年、アルジェリアの首都アルジェに生まれ。幼い頃から映画に魅せられ、20歳で13分の初の短編『消された太陽』(1958)を監督。アルジェリア戦争下の1960年、パリへ移住。ピエール・ブロンベルジェの支援を受けて短編を数本手がけるなか、『キスの縁で(Au biseau des baisers)』(1959)がジャン=ピエール・メルヴィルの目に留まり、初の長編『海辺の恋』(1964)へと結実した。製作に3年を費やしたこの自伝的作品は、ロカルノ映画祭で批評家賞を受賞し、静かな注目を集める。長編第2作目『オー・パン・クペ』(1967)は、脚本に心を打たれたマーシャ・メリルが自ら製作会社を設立し完成。マルグリット・デュラスが「映画においてかつてなかった愛の表現」と絶賛した。第3作『地上の輝き』(1969)はイエール映画祭グランプリ、第4作『反復される不在』(1972)はジャン・ヴィゴ賞を受賞。1980年代末、病に倒れエイズを発症。1996年2月3日、57歳で逝去。生前はほとんど知られることがなかったが、2000年代以降、ラ・ロシェル映画祭やルサス映画祭、シネマテーク・フランセーズなどで回顧上映が相次ぎ、再評価の機運が高まった。

撮影:ジャン=マルク・リペール Jean-Marc Ripert

フランスの撮影監督。1960年代初頭からキャリアをスタートし、ドキュメンタリーと劇映画の双方で 詩情と現実のはざまをとらえるカメラマンとして名を馳せた。『海辺の恋』(1964)では若者たちの心の揺らぎを、『オー・パン・クペ』(1968)では都会の静謐な痛みを、 まるで記憶の残響のような淡い光と影で描き出した。 ジルの映像世界を最も深く理解した撮影監督であり、 その作品に漂う“夢見る現実”の質感は、リペールの感性によって支えられている。

音楽:ジャン=ピエール・ストーラ Jean-Pierre Stora 

1930年1月1日、アルジェリア・アルジェ生まれ 。ギィ・ジルの従兄であり、彼の映画世界の“もうひとつの声”ともいえる音楽家。13歳で作曲を始め、ジョルジュ・ブラッサンスに才能を見出されて以来、 詩と旋律の間に宿る「沈黙の情感」を探し続けてきた。ギィ・ジルとの初めての仕事は、長編デビュー作『海辺の恋』(1964)。愛と喪失のあわいに揺れる登場人物の呼吸を包み込み、まるで潮騒が心臓の鼓動に変わるような静けさをもたらした。 続く『オー・パン・クペ』(1968)では、 記憶と幻影のあいだに漂う愛の残響を、儚い旋律で刻みつける。

Liste Artistique

キャスト
『海辺の恋』

ジュヌヴィエーヴ・テニエ Geneviève Thénier  ジュヌヴィエーヴ役

1943年10月13日、フランス・パリ生まれ。ギイ・ジル監督『海辺の恋』(1964)で、初々しくも深い感情をたたえた恋人ジュヌヴィエーヴを演じ、 その透明感と瑞々しい存在感で注目を集める。ジャック・ドゥミ作品『ロシュフォールの恋人たち』(1967)、『ロバと王女』(1970)にも出演し、フランス60年代映画の黄金期を彩る若手女優のひとりとなった。

ダニエル・ムースマン Daniel Moosmann ダニエル役

1936年フランス・パリ生まれ。俳優・映画監督。 ギィ・ジル監督の長編デビュー作『海辺の恋』(1964)で、水兵ダニエル役を演じる。若き恋人ジュヌヴィエーヴ(ジュヌヴィエーヴ・テニエ)と過ごす夏の海辺、戦争と距離、時間によって隔てられていく愛の痛みを、繊細で内省的な表情で体現した。彼の穏やかな眼差しと佇まいは、 ジルが描く“儚くも永遠な青春”の象徴として深い印象を残している。

『オー・パン・クペ 』

パトリック・ジョアネ Patrick Jouané ジャン役

1946年12月10日、フランス・ヌイイ=シュル=セーヌ生まれ。ギイ・ジルが生涯を通じて最も愛し、映画に刻み続けた存在。ジルは彼に『海辺の恋』(1964)で、台詞のない役を与え、やがて二人は生活を共にするようになる。以後25年にわたり、パトリックはジルの恋人であり、分身であり、その作品世界を形づくる“もう一つの魂”であり続けた。『オー・パン・クペ』(1967)では、愛と不在の狭間に生きる青年ジャンを演じ、その儚く透明な存在感で映画を永遠の詩へと昇華させる。俳優としての活動には積極的ではなかったが、 ロベール・ブレッソンの『白夜』(1971)に出演し、静謐な感情の表現で注目を集めた。

マーシャ・メリル Macha Méril ジャンヌ役

1940年9月3日、モロッコ生まれ。1959年、ジェラール・ウーリー監督の『熱い手』で映画デビュー。1964年、ジャン=リュック・ゴダール監督の『恋人のいる時間』で主演を務め、シュザンヌ・ビアンケッティ賞を受賞。その繊細な感情表現と猫のように印象的な眼差しで、 瞬く間にフランス映画界のミューズとして注目を集める。 以降、フランスをはじめヨーロッパ各国やハリウッド映画、テレビドラマに出演し、多彩な役柄を演じ分けてきた。 代表作には、ルイス・ブニュエル『昼顔』(1967)、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『シナのルーレット』(1976)、クロード・ルルーシュ『愛と哀しみのボレロ』(1981)、アニエス・ヴァルダ『冬の旅』(1985)など、 ヨーロッパ映画を代表する巨匠たちと次々に共演。

Commentaires

コメント
『海辺の恋』

遠距離恋愛が悪魔的であることを、これほどまでに証明した映画はない
────Vivàsvan Pictures

美しい風景と美しい言葉に刻まれた、忘れられない愛の残響
──── Olivier Bitoun

『オー・パン・クペ』

オー・パン・クペ、それは愛の断面。時間が切り取られた場所で、二人は永遠になる
──── Philippe Gautrea

ヌーヴェルヴァーグの影で咲いた、最も繊細なロマンティシズム
──── Vivàsvan Pictures

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